韓国人が日常で使う「形而上学(형이상학)」— ふわっとした話、という意味
韓国人が日常で使う「形而上学(형이상학)」— ふわっとした話、という意味

韓国ドラマや、韓国人の友達との少し長い話の途中で、「너무 형이상학적인 얘기는 하지 말자」 と聞こえてくることがあります。
字面だけ見ると「あまり形而上学的な話はやめよう」。日本語だと、急に大学の教室に戻ったような堅さがあります。でも韓国では、この言葉を少し知的な冗談として、日常に置いておく人がいます。
房総韓国語教室の高先生です。授業でこの表現を出したとき、「え、哲学の話ですか?」と聞かれることが何度かありました。今日は、漢字は同じなのに空気が違うこの言葉を、韓国での使われ方から見てみます。
まず、その一文
直訳の「形而上学的」をそのまま置くと、相手が学者に見えてしまいます。韓国語のこの言い方は、もっと近くて、「抽象的すぎる」「現実から浮いている」という意味で使われることが多いです。
形而上と形而下、もともとの意味
ルーツは東洋の古典『周易』です。難しい本の話に聞こえますが、分け方は単純です。
형이상학
形而上学
「形」の上にあるもの。目に見えない精神、本質、理念。
西洋哲学の Metaphysics の訳語でもあります。
読み:ヒョンイサンハク
형이하학
形而下学
「形」をそなえて下に現れたもの。目に見える物質、具体、肉体。
Physics(自然・物質の側)に近い位置です。
読み:ヒョンイハハク
教室では、よくこう言い換えています。上は頭の中、下は手元とお腹。哲学の試験問題ではなく、会話の温度を測る物差し、という感じです。

韓国では、いつ使う?
辞書の定義より、現場の使い方のほうが大事です。韓国では「抽象的/具体的」の少し洒落た言い方として、冗談を混ぜて出ることがあります。
夢ばかり語る友達に
旅行の計画なのに「人生とは何か」から始まってしまう人、いませんか。あの空気です。
食欲や物欲を、少し知的に笑うとき
夜遅くにチキンを頼む自分を、わざわざ哲学用語でからかう。そういう遊び方です。日本語で同じ漢字を使うと冗談が死ぬので、ここは直訳しないほうがいい箇所です。
カフェで、予算の話が消えたとき
「형이하학적으로」は、少し意地悪に聞こえることもありますが、友達同士なら「で、いくら?」を柔らかくする言い方にもなります。
日本語に置くなら
韓国語のニュアンスを、日本語の日常に落とすときは、漢字を残さないほうが自然です。
| 韓国語 | 直訳 | 日本語なら、こう |
|---|---|---|
| 형이상학적인 얘기 | 形而上学的な話 | ふわっとした話、抽象的な話、概念の話 |
| 형이하학적인 얘기 | 形而下学的な話 | 地に足のついた話、具体的な話、生々しい話 |
| 형이상학적인 가치 | 形而上学的な価値 | 目に見えないもの、形のない価値 |
仕事や、少し深い話で韓国人が 형이상학적인 가치 と言うことがあります。ここだけは、日本語でも「目に見えないもの」「形のないもの」と置くと、堅すぎず、きれいです。
次に「ヒョンイサンハク…」と聞こえたら、哲学の講義が始まった、と思わなくて大丈夫です。相手はたぶん、話が空に浮いていると言っています。
同じ漢字でも、置く場所が違う
日本語にも「形而上」はあります。ただ、日常の食卓やLINEにはあまり降りてきません。韓国語は、漢語を会話の冗談に混ぜるのが上手い言語です。四字熟語や硬い学術語が、急に友達の口から出てくることがあります。
だから、辞書で「形而上学」と出てきた瞬間に構えなくていい。まず、抽象か、具体かだけ拾ってみてください。
형이하학 = 目に見える側。物質、具体、お腹と財布の話。
漢字語は、日本人には近道です。ただし「同じ字=同じ空気」ではない、という例外が、こういう言葉に出ます。近道を歩いたあとに、一歩だけずらす。その感覚が、会話では役に立ちます。
